ありがとうと感謝の気持を平和の絵本から。

感想文:絵本「魔法のメガネ」:「平和の絵本」から、ありがとう

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「平和の絵本」への応援、ありがとうございます。直接、御礼を言えないことも多いのですが、この場を借りて感謝の言葉を述べさせて下さい。またこのブログでは応援してくださる皆様の声も御紹介したいと存じます。

千葉県教職員組合 斉藤様 -魔法のメガネ


ネットを見ていて、偶然、絵本「魔法のメガネ」が、千葉県船橋市で小学校2年生のクラスで、道徳・平和教育の教材として取り上げていただいていることを知りました。

斉藤様、本当にありがとうございます!!

→千葉県教職員組合 青年部 平和教育
  1. 2011/05/12(木) 11:01:31|
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神田聡 様 ―魔法のめがね


コロンビア在住の神田様から、絵本「魔法のメガネ」に関連して、以下の通り、貴重な体験談、メッセージをいただきました。
神田様、ありがとうございました!!

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 はじめまして、南米のコロンビアで暮らしている神田聡と申します。
 この国には、数少ない金持ちと国民の多くを占める貧困層が背中合わせで暮らしています。テロや戦争は本当に、すぐ身近にいくらでもあります。例えば山岳部の貧しい村に生まれた若者たちは、善悪のメガネをかけても、はずしても、すぐそこに現実の生活があり、好むと好まざるにかかわらず多くの若者が銃を取り山へと入っていきます。
 コロンビア軍の兵士、ゲリラの兵士、牧場主の雇われ傭兵、はすべてコロンビアの若者たちです。かれらはもう何年もの間、そしていつまで続くのかもわからないままに、三つ巴の殺し合いを続けています。テロや戦争は、少なくともここコロンビアでは、善悪のめがねをかけて現実を見ない人々が起こしているのではありません。むしろ現実をよく知り尽くした少数の人間が自らの利益のために起こしています。また現実をよく知ってる者たちが、それにもかかわらず紛争に巻き込まれていきます。実際に紛争の真っ只中にいる知り合いも何人かいます。彼らと話をすると、決まって知的で思慮もある若者たちで、無邪気さや明るさも失っていない普通の若者たちでした。
 ここコロンビアでは、めがねをかけてもはずしても地面に流れる血の赤い色は見えます。家族を失った母親の叫びや泣き声は聞こえてきます。あまりにも身近にある出来事なのでーーーー。
  1. 2010/07/01(木) 17:22:58|
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山田様 -魔法のメガネ


先日、絵本「魔法のメガネ」をお送りした山田様から、何人かのお友達からの感想をまとめてお送りしてくださいました。過分のお言葉、光栄です。

山田様、ありがとうございました。m(--)m

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    良い書籍で、送った人は一様によい感想を持っています。
     
    JICAに勤め、開発途上国に半生を捧げている親友は、コンパクトな絵本のなかに、人間のピュアーな心が一杯つまっていました。心洗われる思いです。

    伝統工芸の漆塗りをあつかっている友人は、哲学的な内容で、自分の心の大きさで、解釈も違ってきます。なにもしないで聞き流してしまって、よその人たちのこととして済ましている自分が少し恥ずかしくなります。

    9歳の女の子は、仲良くすること。

    私は一人一人の心のなかに、和合の精神がなければならないと思います。防衛省で基地対策の業務に勤務し、平和を希求するものの一人として、老若男女を問わず、よい本にめぐり会えたと思われる本だと思います。

    合気道にも通じるものと思います。

    ご活躍をお祈りしています。

                                                             
  1. 2010/06/09(水) 09:22:06|
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オーストラリアの川島様 -魔法のメガネ


オーストラリアの川島様から、以下のご感想を「魔法のメガネ」にいただきました。
詳しくご覧になっていただいて、ありがとうございます。m(--)m

以下、感想とは無関係の部分を一部、略しています。

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このような絵本の存在自体素晴らしい事だと思っていますが、意味を考えながら読まないと、意味が取り難いところがあるように感じました。

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P4で一度そのメガネをすると外すには、大きな愛と勇気が必要になるのよ。と天使がいっているのに、P15で男の子は退屈になってメガネを外してしまい、話の流れがスムーズでないように思いました。むしろ、男の子が転んだとかで自分の意志とは別にメガネが外れてしまい、メガネ無しの現実を見てしまった方がいいのではないでしょうか。
-
P24のもう二度とメガネをはずすものか!は分かりにくく感じました。むしろはっきりメガネが欲しいとした方が、メガネ中毒になっている事を表わせると思いましたし、P28の善悪のメガネを外すには愛と勇気が必要なの。というメッセージがきちんと伝わると思います。
-
最後の終わり方ですが、P16&17のああ、世界はなんて美しいのでしょう!のページを言葉なしで入れたらどうでしょうか?世界を美しくも、醜くするのも人間次第ですが、世界、宇宙は人間が居ても居なくても存在しているのですから。

―略―

上記は個人的な感想ですので、こういう読み方をする人もいるという程度に受け取っていただければと思います。私は絵が書けないので自分ではできませんが、もっと絵に頼って内容をシンプルにし、メガネの効果に重点を置けば小さな子供向けにもなると思いました。遅くなってしまいましたが、何かの参考になれば幸いです。

  1. 2009/10/16(金) 08:17:35|
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tubuyaki様 -魔法のメガネ


tubuyaki様から、「魔法のメガネ」他にご感想・ご意見を頂きました。
tubuyaki様、ありがとうございました。

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違和感を持ったのでコメントさせていただきます。

まず言いたいのは、いじめや戦争の原因は善悪観念以外にも
あるということです。戦争は利益(軍需産業の利益、資源を奪える
という利益等)のために起こり、正義を振りかざすのはあくまで民衆を
協力的にするための建前であったりします。そして民衆に善悪観念が
なければ、それはそれで戦争に反対する者はいないでありましょう。
なんせ軍人が戦争に行くのであって自分たちが行くわけではないのです。
それに自分の利益と関わらない他人の行為に対しての関心とは
善悪の観念があるからこそ生まれるものであるのです。
またいじめの原因も、善悪観念によるというよりはむしろ善悪観念の欠如に
よるものが多いのではないでしょうか?ある子供達は『何となく』や
『楽しいから』を理由として人を殴ったりするものです。善悪を
取り去ったところでこの類のいじめはなくなりません。一方で善悪観念が
浸透していればこの種のいじめは起こりません。魔法のメガネをかけていない
人間のなんと厄介なことでしょうか。
ーーーーーーーーーー
善悪観念の体系には様々なものがありますが、
盗みがいけないだとか、正当な理由なく人を殺してはいけないだとか、
これらは基本的に、大きな社会を形作る上で社会構成員全般に
共有されなければいけない性質の内容がまとまったものであり、
これを守らない人間というのは、必然的に、その社会を崩壊させる因子となります。

善悪観念を捨て去れば、善悪観念の違いによる闘争はなくなりますが、
同時に、善悪観念がないことによる隣人との闘争が始まってしまいます。
この新たに生まれた闘争を抑え込むのはやはり力でしかありえません。
しかし善悪観念なき今、力ある者は何の理由をもってそんなことを
するというのでしょうか。その理由は実利以外にあり得ません。

富を手にするもっとも基本的な方法(他者なくして成立)とは生産すること
ですが、善悪なき世界で、力ある者が利益を最も効率よく
手にできる手段とは、盗みです。富の保持者からそれを奪えば良いのです。
そして力のある者ほど多くの人間から富を奪うことができます。
この手段に訴える者の割合が多ければ多いほど、富の生産者の割合は
減ります。それは最も力のある者が手にすることのできる富の減少を
意味します。
つまり、最も力のある者にとっては、他人が富の盗みあいをするのは
不都合であり、ここに力をもってして他人の行為を制限することの実利が
生まれるのです。またこれは力なき生産者にとっても、隣人との闘争が
回避できるという実利があり、ここに被支配者が税を納める代わりに
支配者が秩序を与えるという構造が出来上がるのです。無為の殺人の禁止も
実利を理由に行われます。
こういった状態が長い時間を経て変異するなかで形作られていくのが
善悪観念なのです。(絵本『パブロフの犬』の内容が自然発生してしまう!)
結局善悪観念は取り払えないのです。

さて善悪観念による弊害を無くすにはどうすれば良いのでしょうか?
原理主義者の唱えるような柔軟性のない善悪観念全てを駆逐(または
一つを除いた善悪観念全てを駆逐)するか、
もしくは善悪観念の異なる者たちとの交流を絶つしかありません。
前者はアメリカの戦後処理の難航を見ればその困難性は明らかです。
後者についてもアルカイダの戦う理由がアメリカ文化の浸透であることを
考えればやはりその困難性は明らかです。文化的衝突が起きると知りつつも
人は経済的な取引による利益というものに抗いがたいのです。

和の意識を広げることはできても、全員に浸透させることはできず、
少数の人間がテロを繰り返すのが関の山でしょう。
これは根本的な解決ができない問題なのだと思います。
この問題は宗教が関わるために余計に厄介となります。
イスラム原理主義者のような、神の言葉は絶対だと考える人たちを
どうして説得できるでしょう。衝突に繋がるほどの善悪観念の違いを
埋めることなどそもそも出来はしないのです。
  1. 2009/10/08(木) 21:59:18|
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長根兆半様 -「魔法のメガネ」


長根兆半様から、絵本「魔法のメガネ」に関連して、以下のご感想、ご意見をいただきました。長根兆半様からは、今まで何度もメッセージをいただいています。
長根兆半様、ありがとうございました。

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こんにちは、私は、ハンガリーに住んでいます。
親しみやすい絵本で、奥に大きな哲学を感じるこの絵本を、私は好きです。
善悪・・・これは一つの価値基準だと思います。
西洋には、ドイツ哲学で言われる価値観が在ります。
それは、「真・善・美」というものです。
西洋では「美」を最高の価値という考えがあります。
これに対し、東洋、とりわけ日本の価値基準には「美・利・善」という、「善」を最高の価値とする考えがあります。
さて、その内容的な事はさて置きまして、この価値基準は、時代や環境によって変化すと思うのです。身近な例で言いますと、戦争で人を殺しても、罰はありません。電車の中で、いきなり人を殺せば罰を受けます。
同じ殺人でありながら、その状況によって、変わっています。
「タイタニック」と言う映画をご存知の方も多いと思います。
あの中で、船長命令だと言って平時の理論を緊急時にも適用する場面。
金で、自分だけは助かりたい人。
無力の船長、死を迎え入れる客。
死にたくないと生を求める客。
混乱から逃げて自殺する船員。
あの映画の中では、一律の価値を押し付ける事はもう、出来ない。
個々の価値観が優先する。
鑑賞側の自分は、なんて事するんだ・・・と言う事は簡単でも、果たして、あの現場に遭遇した時、自分はどうできるか、するか。
これは、テロリストの思考原理に通じるとさえ私は思う。
現在、核問題が世界を駆け巡っています。
しかし、もう核の威力は無いに等しい。
が、これがテロリストの手に渡った時、世界の恐怖は増大するに違いが無い。
なぜかなら、彼らは、長い歴史の中から得た、自分を基準にした価値観があるから。それが「真・善・美」に基づいている。
これが利己であり、独善に走る。
利他や協調とは相反するものとなっていってしまう。
つまり「魔法のメガネ」を熱望するのは、テロリストという事になっていくと、私は思う。

  1. 2009/09/28(月) 21:10:45|
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田村 勇 様 -魔法のメガネ


田村 勇 さんから、絵本「魔法のメガネ」へ以下のご感想をいただきました。
田村 勇 様、ありがとうございました。

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善悪は人間が生きる上での必要から生まれました。これを無くすると、人間は混とんとして多くの悲劇をまた引き起こします。
この絵本には対案がありません。善悪が悪いと言うような印象を与える善悪を既定しています。それは此処で言う善悪と同じ事ではないでしょうか。

歴史を通して人間は学んでいます。全ての人間の知識は先人の犠牲の上で成り立っている事実です。これはこれで善悪ではなしに全てを感謝すべきです。

今、我々が平和を求めるには隣人愛が最大の方法と私は信じています。
例えば自国の防衛は自衛隊の力ではなく、愛の分け与えの力がこれからの平和構築に必要と思っています。例えば、JICAが進めている青年協力隊の草の根活動は、その国の国民と直に貢献し、助け合いお互いに学んでいます。この活動は自衛隊よりもはるかに平和に貢献する新時代の国家安全策です。
日本は繁栄を自国だけで享受し、それを防衛する軍隊を保持するのではなく、全国民を上げて2年間相手の国に青年協力隊を派遣し、共に生活し、各国の国民と仲良く真の付き合いをしていく事が必要です。
日本に対する戦争は自衛隊よりも確実に防ぐ方法と思います。分け与えの精神の確立が21世紀の平和社会構築で必要と思います。
  1. 2009/09/20(日) 21:21:01|
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川本ゆり 様 ― 魔法のメガネ


性別適合手術された川本さんから、絵本「魔法のメガネ」へ、以下の通り、ご感想・メッセージをいただきました。
こういうお手紙をいただくと、がんばらなきゃ、という気持ちになります。

川本様、ありがとうございました!!


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あたしはタイで性別適合手術を受けたMTFです。あたしは、ここは女の子なのに小学校の時からずっとそう扱ってもらえず、地獄の思いで生きながられて来ました。改名後どれだけ身分証明の性別を変えるかせめて無くすかしてもらうよう何度も頼みましたがかないませんでした。そもそもなぜ身分証に「男」だの「女」だの書かなくてはいけないのでしょうか。あたしは生まれてこの日まで生きているのが幸せなどと考えたことは一度もありません。「5才のことに死んでいれば!」といまだに思っています。
しかしこの「魔法のメガネ」を見てはっとなりました。目頭が熱くなりました。善悪を知るメガネをかけると世界から白と黒以外の色がなくなる。そしてそこに安心感を覚える。これこそが差別と戦争の由来である。身分証の性別や学校の制服もまさにこうした「魔法のメガネ」に他なりません。「男」と「女」という枠を作って、「そこからはみ出たやつはどんどんいじめろ。」国や社会が言っているのです。ワンピースを着たあたしに「男の人ですよねえ」などとしたり顔で言った公務員の方もいました。殺されるより苦しい目に逢いました。その人は「性別のメガネ」を正義と信じて疑わないのでしょう。今の日本社会の貧富の格差や、低俗きわまる差別もすべて「善悪二元論」の「魔法のメガネ」から来るのでしょう。しかし人間の多様性、個性を踏みにじる制度(学校の制服、性別)はいまだに猛威をふるっています。この国の人に「魔法のメガネ」を外させるのは不可能かもしれない。人は生きるに値しない生き物かもしれない。それでもメガネを外した時の血まみれのしかし色とりどりの現実に涙を禁じえない心だけはあたしを幻の希望にかり立たせるのです。
  1. 2009/07/30(木) 22:23:46|
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