感想文:絵本「魔法のメガネ」について(カテゴリートップ頁)
このカテゴリーでは、いじめや戦争の原因・心理を描いた絵本「魔法のメガネ」への読者感想文を発表しています。
「魔法のメガネ」は日本語・英語で出版。平和のメッセージを携えて全世界へ旅立ちます。
絵本トップ頁

絵本「魔法のメガネ」―いじめの原因、戦争の心理学です。
- 1970/03/05(木) 10:09:39|
- 感想文:絵本「魔法のメガネ」|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
広島のyukari様から、
私どもの絵本「魔法のメガネ」―いじめと戦争の心理学―について、以下のような感想文を頂きました。
yukari様、どうもありがとうございます。
----------------------------------------------------
私は広島県在住のアマチュアの絵本作家です。絵本に関する活動に興味があり、将来は絵本作家を志しています。
広島に生まれ、生活する私は、この平和を願う町に生まれてきたことに使命を感じていました。
戦争の恐ろしさと平和の大切さを絵本というものを通じて、世界を作っていく子供たちに伝えて行きたいと願っています。
私は今、個人で平和をテーマにした絵本を作成していますが、この東郷様のホームページを拝見させていただいて感動しました。
この絵本のテーマである善悪で錯覚する心理は私たちの心に潜んでいます。
何度も読み返えすうちにこのめがねは固定観念で作られた間違った道徳を指すものだと感じました。
めがねをかけることで善悪を間違った道徳で裁いてしまうのです。
物語の中では、こうあるべき、そうでないものは悪という観念だけで沢山の命が裁かれていっています。
例として、テロリズムを肯定するわけではありませんが、テロを生んだのも先進国の固定観念化された正義が原因だと考えています。
テロリスト達の生まれた背景を認識し、和睦する方向へ進まず、絶対悪とみなしているため報復が絶えないのではないでしょうか。。
戦争は様々な固定化された正義観が交錯して発生します。
めがねは社会の中の間違った道徳でそれをかけた少年たちはめがねの中に答えを求め善悪を裁いています。天使のいう大きな愛はその観念を棄て、何が善で、何が悪か、一人一人が想像し、背景を考えてみることだと説いているのではないかと思いました。
他人の事を深く考えるには愛が必要です。
その愛があればめがねを外し、美しい虹を平和な世界の中で見れるのではないかとこの絵本を通じて思いました。
- 2005/10/28(金) 12:01:38|
- 感想文:絵本「魔法のメガネ」|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
大学4年生のyuriko様より魔法のメガネの感想文をいただきました。
ありがとうございました。
-----------------------------------------------
魔法の絵本のお話読ませていただきました。
非常に共感できる部分があり、懐かしい気分になりました。
私は小学生のころはっきりと善悪が見えていたように思います。
どこからどこまでが悪く、どこからどこまでが良いかという境目がはっきり見えたのです。
ただし、あくまでその善悪は、小学生が考える程度のものですから、自分の体験から出たものではなく、あくまで大人の言うことの受け売りでしかありませんでした。
そのときははっきり見えすぎて、何が正しいか迷うことなどありませんでした。
けれど、その完全なめがねというものを背負った自分は、ときに友達を傷つける発言を平気でしていました。
傷つけている自覚はありません。
なぜなら自分は正しいはずなのですから。。
しかし、成長していくうちに、自分に何かがかけていることを感じはじめました。
絵本で描かれているモノクロの世界。その表現にはギクリとさせられました。
何かかけていたあの幼い自分の世界をずばり言い表されたような、そんな気がしたのです。
視点で物事を見ていると、人間を見ることができていなかったように思います。
善悪の区別などあくまで人がルールとして決めたに過ぎません。
その区分を絶対視しているようでは、その成り立ちの意味を問えなくなり、盲目的になると思います。
正しいはずのことは本当に正しいのか?
その正しさは誰が証明できるのか?
誰にとっての正しさなのか?
それを問いかける必要性を改めて感じさせてくれるお話でした。
- 2005/11/21(月) 11:37:43|
- 感想文:絵本「魔法のメガネ」|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
20歳の女性、エ−ジ様から「魔法のメガネ」への感想のメールをいただきました。どうもありがとうございます!
---------------------------------------------
貴サイトを偶然知り、絵本を拝見させていただきました。非常に関心深いです。
とても現実的で、本の中で平和を求めることが様々と語られていたのがとても重くて、重要なことだと思いました。
私はずっと黒人差別や異民迫害の歴史に「なんてとんでもないことをしているんだろう。」と思わずにはいられませんでした。
人間とはどうして優劣をつくり、人の上に立たなければ気が済まないのか、どうしてわざわざ傷付く人を作ってしまわないといけないのか疑問でした。
私は学生の頃いじめにあったのにも関わらず、新しくできたいじめの標的の子には手を貸すどころかその子にいっぱいの優越感を抱いたのです。同じ痛みを受けたのに手を貸さずむしろさらにその子を落としその上に立とうとしたのです。
十数年立った今でもそのことが恥ずかしいですし謝っても謝りきれない。いじめた子を憎くも思いました。
今となって私はどちらの気持ちも理解していくことができるかもしれないと思い、差別や迫害の記事を読んでは苦渋の思いを胸一杯にあふれさせています。
「まほうのめがね」を読んで胸に響いた一番の部分は「眼鏡を外すには大きな愛が必要」だということ、男の子が「こんなもの二度とみたくない、眼鏡をはずすもんか」というところでした。
私も血に染まった大地を見て、それでも眼鏡を外していられるかわかりません。
「まほうのめがね」の絵本を、きっと世界に届けて下さい。
- 2005/11/21(月) 11:45:11|
- 感想文:絵本「魔法のメガネ」|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
アメリカ在住の高校生、星〔そう〕さんから、「魔法のメガネ」の感想文を頂きました。

アメリカで貴重な経験をされているのですね。
星〔そう〕様、どうもありがとうございました。
------------------------------------------------------
私は東郷潤さんの[魔法のメガネ]を読んで大変感銘を受けました。
何が[善]で 何が[悪]なのか?何が[正しいこと]で 何が[正しくないこと]なのか?
[悪]に対しては何をしても[正しいこと]として許されるのか?
[魔法のメガネ]の中で男の子が感じた疑問は 私がアメリカ生活で感じた疑問そのものでしたから。
私がアメリカに来た年〔2001年〕にあの悲惨なSeptember elevenの事件が起こりました。当時通っていたMiddle Schoolでは理科の先生が恋人を亡くしました。
友人達の中にも身近な人を失った人がたくさんいました。
[これは戦争だ!テロリストとアメリカの戦いだ!]
[私達の国を守る為にも、これ以上テロを世界に広げない為にも、「悪」は滅ぼさなければならない!]
普段はやさしい近所の叔父さんたちが怖い顔で叫んでいました。
そうしてアメリカ軍は空爆を始めました・・・後は皆さんご存知の通りです。
今もまだ戦いは続いています。
誤爆で殺された子供たち、戦争で難民になった人々、正しいことをしているはずなのに、どうして不幸な人が増えてくのか?
自爆テロは正しいことではないと思いますが、それにしても自分の命を懸けてまで[正しいことをしている]と信じられるその確信はいったいどこからくるのでしょう?
もしかしたら彼らは[魔法のメガネ]をかけてしまっているのかもしれません。
世界中の人がこの絵本[魔法のメガネ]を読んで、世の中のことすべてを善か悪どちらかに分けてしまうことの恐ろしさを知ってほしいです。
そして、そんな閉ざされた考え方を捨てることさえできれば、もっと色々な美しいものが見えてくるのだということに気づいてほしいと思います。
- 2005/12/10(土) 13:59:08|
- 感想文:絵本「魔法のメガネ」|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
直樹様から、魔法のメガネへ、以下の通りの感想文を頂きました。
直樹様、ありがとうございます。M(−−)M
-------------------------------------------------------
芥川龍之介が自身の作品「羅生門」への作品評として、以下のような文をノートに記していたそうです。(原文は英文)
====================================
「羅生門」への弁明
「羅生門は」短編小説であり、その中で僕は僕の人生観の一部分―僕に人生観があればの話しだが―を具現化したかったのだ。しかし、単なる「遊び心」からは何も創作することはできなかった。
扱いたかったのは「道徳心」である。僕の意見としては、「道徳心」(少なくとも「俗物の道徳心」)は、時折々の感情や気持ちの産物であり、それはまた、時折々の状況の産物でもあるのだ。
=====================================
人は、完全な善にも悪にもなりえはしない。
シチュエーション次第で、内なる善が発露することもあるし、内なる悪が発露することもある・・・そのようなことを芥川は言いたかったのでしょうか。
人が鬼になる瞬間。それはたとえ善人でもありえると思いますし、
悪人でも、「蜘蛛の糸」のカンダタのように、気まぐれに善行を行ったりするものだと思います。
もし「魔法のメガネ」をかけたなら、同一人物相手でも、白に見えるときもあれば、黒に見えるときもあるのではないのでしょうか。
子供達に対して、何が良くて、何が悪いのか、大人側が教えなくてはならない場面は多々あると思います。
善悪が判断できないうちは、子供達に「魔法のメガネ」をかけさせることも、大人としての責務かもしれません。
しかし、大事なのは、魔法のメガネをいつか捨てて、自分の心で考えること。
これが出来るか出来ないかがポイントのような気がします。
- 2005/12/14(水) 19:06:28|
- 感想文:絵本「魔法のメガネ」|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
saahkoさんより、魔法のメガネ(製本版)へ、感想文を頂きました。
saahkoさんは、昔、摂食障害を経験されたとのことで、善悪の弊害は、こんなところにも存在するようです。
saahkoさんのweb「雨でも晴れでも」はこちらです。---------------------------------
改めて、絵本となった『魔法のメガネ』を手にとり、読ませていただいて、
世の中を「善・悪」としてみる考え方は、摂食障害の心理と、同じだと思いました。
(やせている=よい事 太っている=悪いこと)
世の中には○や×以外に、△や□もあるということ。
色で例えるなら、白や黒以外に、グレーあれば、色とりどりの色があるということ。
それを知っていく事が、やはり、私自身の意識の広がりにつながってきました。
あと、私は「他と比較をしない」ということも大事だな〜と思っています。
比較をする事で優・劣が生まれる。優越感は劣等感と表裏一体。
―――という事を知ることで、「他との違いは自分の個性」として受け止められるようになりました。
・・・とっとっと。
絵本の感想に便乗して、ついつい私の思いを書き連ねてしまいました。
そのくらい、いろいろな事を一瞬のうちに考えさせられました。
- 2006/03/14(火) 15:56:38|
- 感想文:絵本「魔法のメガネ」|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
OBLDA様から、「魔法のメガネ」へご感想をいただきました。
OBLDA様、本当にありがとうございます。
なお、OBLDA様からは、
「一輪の花」へのご感想も頂いています。
また、
掲示板でご紹介もいただきました。
M(−−)M
-----------------------------------
「魔法のメガネ」について人間は偽りの平安を得る為に善人と悪人とを分けたがる。
何故なら分からないことが不安だから。
どうして「悪いこと」をするのか、
誰が「悪いこと」をするのか。
自分や自分の身の回りに危害が加わらないかが心配なのでしょう。「普通」の人間が犯罪を起こすとは考えたくない。
本当はただそこに人間がいて、行動する。
その行動に白と黒の色を付けて分けているだけ。
本当は誰かを裁く資格など、誰一人として持ってはいない。
そう思います。
「公共の為に」見せしめに人を殺すことも
実際には
「殺人罪」です。
かといって「死刑」を失くせとは言いません。
けれど、
誰もが犯罪者であることを自覚すべきであると思います。
何処に
潔白な人間がいるというのでしょう?
ヒーローが「英雄的死」を迎えた時、沢山の人が泣くでしょう。
けれど、ダークヒーロー、所謂悪人がその死を迎えた時、何人の人が泣くでしょう?
「同じ人間」なのに私は正直、ホッとします。
人が死んでホッとします。私は間違いなく
「殺人者」です。
綺麗ごとは言いません。
どうでしょう?
私は「悪者」ですか??
あなたは「何者」ですか??
- 2006/07/10(月) 11:00:56|
- 感想文:絵本「魔法のメガネ」|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
NEXT