ありがとうと感謝の気持を平和の絵本から。

2009年10月:「平和の絵本」から、ありがとう

TOPへ-平和の絵本から、ありがとう!

「平和の絵本」への応援、ありがとうございます。直接、御礼を言えないことも多いのですが、この場を借りて感謝の言葉を述べさせて下さい。またこのブログでは応援してくださる皆様の声も御紹介したいと存じます。

しとし よこ八 様 -メッセージ


しとし よこ八 様から、以下のメッセージを頂きました。
しとし よこ八 様、ありがとうございました。それから、ブログでご紹介くださるとのこと、どうぞ宜しくお願い致します。m(--)m

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1947年、

世界は、武力で、弱小国の人々を、隷従させていました。

隣接のアジア地域の人々は、戦争に負けた、日本に対して、抗日運動を拡大して、日本を滅ぼそうとしていました。

しかし、日本国民は、怯えをなくして、勇気を持って、5月3日に、

日本国憲法を、制定しました。

日本国民は、この1947年の、勇気を忘れてはいけません。

もう1ど、あの勇気を、全世界に示そう。

※この絵本、僕のブログで、紹介させていただきます。

          しとし よこ八
  1. 2009/10/27(火) 21:43:24|
  2. 感想;絵本集、メッセージ・ご意見|
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琵琶様(軍事費削って!5秒に一人、飢餓で命を落とす子ら) -リンク


軍事費削って!5秒に一人、飢餓で命を落とす子ら というブログで、私どものキャンペーン「米国国会議員(連邦議会議員)へ平和の絵本をプレゼント!」のページへ、リンクをしてくださいました。

ブログの管理者は、琵琶様という方で、生まれたのが世界恐慌の年という80歳の方だとか。ブログからは平和への強い思いが伝わってきます。(^^)

琵琶様、ありがとうございました。m(--)m

⇒軍事費削って!5秒に一人、飢餓で命を落とす子ら
  1. 2009/10/27(火) 21:19:14|
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ひとりごと Blog様 -リンク


ひとりごと というブログで以下の通り、私どもの絵本をご紹介くださいました。
ありがとうございました。

---------以下、ひとりごと より引用--------------

ど~っちだ?
http://www.j15.org/Picturebook-Which/index.html
http://www.j15.org/Picturebook-Revenge/index.html
この絵本の作者さんと私の考え方とよく似ていると思ったので貼ってみました
話すこともできなくなってしまった人がわたしの周りには多すぎて
善悪のメガネがこわいわ
どうしたらメガネを壊せるのかな?
  1. 2009/10/27(火) 21:14:14|
  2. 紹介&リンク|
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高知県の溝淵様 -ご寄付


高知県の溝淵様から、12,000円のご寄付を賜りました。
郵便振替をご利用いただいた、初めてのご寄付です。(^^)  前にお送りした、絵本「魔法のメガネ」も多くの方にお配りいただいていると伺いました。

溝淵様、本当にありがとうございます!! m(--)m
  1. 2009/10/17(土) 12:22:17|
  2. 寄付|
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オーストラリアの川島様 -魔法のメガネ


オーストラリアの川島様から、以下のご感想を「魔法のメガネ」にいただきました。
詳しくご覧になっていただいて、ありがとうございます。m(--)m

以下、感想とは無関係の部分を一部、略しています。

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このような絵本の存在自体素晴らしい事だと思っていますが、意味を考えながら読まないと、意味が取り難いところがあるように感じました。

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P4で一度そのメガネをすると外すには、大きな愛と勇気が必要になるのよ。と天使がいっているのに、P15で男の子は退屈になってメガネを外してしまい、話の流れがスムーズでないように思いました。むしろ、男の子が転んだとかで自分の意志とは別にメガネが外れてしまい、メガネ無しの現実を見てしまった方がいいのではないでしょうか。
-
P24のもう二度とメガネをはずすものか!は分かりにくく感じました。むしろはっきりメガネが欲しいとした方が、メガネ中毒になっている事を表わせると思いましたし、P28の善悪のメガネを外すには愛と勇気が必要なの。というメッセージがきちんと伝わると思います。
-
最後の終わり方ですが、P16&17のああ、世界はなんて美しいのでしょう!のページを言葉なしで入れたらどうでしょうか?世界を美しくも、醜くするのも人間次第ですが、世界、宇宙は人間が居ても居なくても存在しているのですから。

―略―

上記は個人的な感想ですので、こういう読み方をする人もいるという程度に受け取っていただければと思います。私は絵が書けないので自分ではできませんが、もっと絵に頼って内容をシンプルにし、メガネの効果に重点を置けば小さな子供向けにもなると思いました。遅くなってしまいましたが、何かの参考になれば幸いです。

  1. 2009/10/16(金) 08:17:35|
  2. 感想文:絵本「魔法のメガネ」|
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tubuyaki様 -絵本「どっちだ?」


tubuyaki様から絵本「どっちだ?」他へ、ご意見・ご感想をいただきました。
tubuyaki様、ありがとうございました。

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単なる量刑問題ですね。
全員死刑が適切だというのならそれでいいでしょう。
もしそうでないなら、適切な程度の罰と思うものを与えればいい話です。
  1. 2009/10/08(木) 22:04:17|
  2. 感想文:絵本「どっちだ?」|
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tubuyaki様 -絵本「負けるものか」


tubuyaki様から絵本「負けるものか」他へ、ご意見・メッセージをいただきました。
tubuyaki様、ありがとうございました。

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本当に意志の弱い人間というものは
理想を求める人格が衝動的な人格に負け、
衝動的な欲求が満たされた後になって
理想的な人格がまた出てきて後悔するものです。
そもそも両立させられるようなものではないのです。
この本の内容では単に優柔不断で自爆する人間を描いているだけでしょう。
  1. 2009/10/08(木) 22:02:11|
  2. 感想;絵本集、メッセージ・ご意見|
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tubuyaki様 -魔法のメガネ


tubuyaki様から、「魔法のメガネ」他にご感想・ご意見を頂きました。
tubuyaki様、ありがとうございました。

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違和感を持ったのでコメントさせていただきます。

まず言いたいのは、いじめや戦争の原因は善悪観念以外にも
あるということです。戦争は利益(軍需産業の利益、資源を奪える
という利益等)のために起こり、正義を振りかざすのはあくまで民衆を
協力的にするための建前であったりします。そして民衆に善悪観念が
なければ、それはそれで戦争に反対する者はいないでありましょう。
なんせ軍人が戦争に行くのであって自分たちが行くわけではないのです。
それに自分の利益と関わらない他人の行為に対しての関心とは
善悪の観念があるからこそ生まれるものであるのです。
またいじめの原因も、善悪観念によるというよりはむしろ善悪観念の欠如に
よるものが多いのではないでしょうか?ある子供達は『何となく』や
『楽しいから』を理由として人を殴ったりするものです。善悪を
取り去ったところでこの類のいじめはなくなりません。一方で善悪観念が
浸透していればこの種のいじめは起こりません。魔法のメガネをかけていない
人間のなんと厄介なことでしょうか。
ーーーーーーーーーー
善悪観念の体系には様々なものがありますが、
盗みがいけないだとか、正当な理由なく人を殺してはいけないだとか、
これらは基本的に、大きな社会を形作る上で社会構成員全般に
共有されなければいけない性質の内容がまとまったものであり、
これを守らない人間というのは、必然的に、その社会を崩壊させる因子となります。

善悪観念を捨て去れば、善悪観念の違いによる闘争はなくなりますが、
同時に、善悪観念がないことによる隣人との闘争が始まってしまいます。
この新たに生まれた闘争を抑え込むのはやはり力でしかありえません。
しかし善悪観念なき今、力ある者は何の理由をもってそんなことを
するというのでしょうか。その理由は実利以外にあり得ません。

富を手にするもっとも基本的な方法(他者なくして成立)とは生産すること
ですが、善悪なき世界で、力ある者が利益を最も効率よく
手にできる手段とは、盗みです。富の保持者からそれを奪えば良いのです。
そして力のある者ほど多くの人間から富を奪うことができます。
この手段に訴える者の割合が多ければ多いほど、富の生産者の割合は
減ります。それは最も力のある者が手にすることのできる富の減少を
意味します。
つまり、最も力のある者にとっては、他人が富の盗みあいをするのは
不都合であり、ここに力をもってして他人の行為を制限することの実利が
生まれるのです。またこれは力なき生産者にとっても、隣人との闘争が
回避できるという実利があり、ここに被支配者が税を納める代わりに
支配者が秩序を与えるという構造が出来上がるのです。無為の殺人の禁止も
実利を理由に行われます。
こういった状態が長い時間を経て変異するなかで形作られていくのが
善悪観念なのです。(絵本『パブロフの犬』の内容が自然発生してしまう!)
結局善悪観念は取り払えないのです。

さて善悪観念による弊害を無くすにはどうすれば良いのでしょうか?
原理主義者の唱えるような柔軟性のない善悪観念全てを駆逐(または
一つを除いた善悪観念全てを駆逐)するか、
もしくは善悪観念の異なる者たちとの交流を絶つしかありません。
前者はアメリカの戦後処理の難航を見ればその困難性は明らかです。
後者についてもアルカイダの戦う理由がアメリカ文化の浸透であることを
考えればやはりその困難性は明らかです。文化的衝突が起きると知りつつも
人は経済的な取引による利益というものに抗いがたいのです。

和の意識を広げることはできても、全員に浸透させることはできず、
少数の人間がテロを繰り返すのが関の山でしょう。
これは根本的な解決ができない問題なのだと思います。
この問題は宗教が関わるために余計に厄介となります。
イスラム原理主義者のような、神の言葉は絶対だと考える人たちを
どうして説得できるでしょう。衝突に繋がるほどの善悪観念の違いを
埋めることなどそもそも出来はしないのです。
  1. 2009/10/08(木) 21:59:18|
  2. 感想文:絵本「魔法のメガネ」|
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夢兎 様 - 私は悪人です パート2


夢兎 様 から、絵本「私は悪人です」へ、以下の通り、追加のメッセージ・ご意見をいただきました。
夢兎 様、ありがとうございます。

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すみません、解説をよんでいませんでした。
しかし、解説をよんでもなお言いたいことがあります。
私にとってこの作品は表現がおかしいと思います。

自分が悪であると錯覚することは危険性があると言っていますが。
この話を見るとまるで自分の悪を認めることが悪いことのように見てきます。

確かに、自分の存在自体を否定することは私も危険性があると思います。
その意識が極度を超えると確かに『あー、もうどーでもいいや』とのような投げやりな体制になり。罪を犯すことに開放的になるかもしれません。

しかし、この作品に使われている祈りは『主の祈り』に近すぎています。
前にも言いましたように、『主の祈り』は自分の存在を悪だ、悪だと言って否定する物ではありません。自分の罪深い行いや考えなどを悪いと認め赦しを乞う祈りです。

よって、『自分の存在が悪であると錯覚することが危険』
というよりも『自分の行った悪を認めることが危険』というメッセージの方が強くなります。


舞台がほかの星と言ってもなんの意味も効果も無いと思います。あなたは読者に強い印象を与える作品を作りたかったのでしょう。でも、解説を読まなければメッセージが伝わらない作品であるのなら考え直した方がいいのではないのでしょうか。

  1. 2009/10/05(月) 10:07:31|
  2. 感想文:絵本「私は悪人です」|
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夢兎 様 - 私は悪人です


夢兎様から、絵本「私は悪人です」に関連して、以下のご感想・メッセージを頂きました。
夢兎様、ありがとうございました。

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すみませんが、この話はある重要なことを勘違いしています。
『私は悪い人間です』よりも『私は悪いことをしました。どうかゆるしてください』の意味のほうが強いです。
でもその祈りでもっと重要なのは、その後『それでも私はゆるされた、それでも神様は私を愛していてくれている』なぜなら私たちはキリストによって罪が流されることを信じているからです。


わたしたちは常に間違いを犯しています。それは事実ではないのですか。
よって私たちクリスチャンは自分のことを罪人とよびます。
ですが、私たちには再びチャンスを与えれくれる、耐えることの無い愛を注いでくれる唯一の存在を信じています。そして彼もなおかつ私たちが彼の元へ戻ってくるのを信じています。
なので、私たちはいつまでも自分を責めなくていいのです。

二千年前、罪のないキリストが私たちの罪のために十字架に自分を捧げられました。私たちは彼を信じ、彼の名によって祈ることで、もうとがめられる罪はないのです。たとえ世界が私たちの罪を責めようとも、牢にぶち込めようとも、私たちは『もう悪いやつだから、悪いことしてもいいヤー』などと思いません。なぜなら、最終裁判長である神様は私たちをとがめないと知っているからです。そして、その私の罪を許してくれた偉大な方に正しくありたいと思うので、よい人になるよう努力するのです。
  1. 2009/10/04(日) 11:12:34|
  2. 感想文:絵本「私は悪人です」|
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夢兎様 - 優しい巨人


夢兎様より、絵本「優しい巨人」へ、以下の通り、ご感想・メッセージをいただきました。
夢兎様、ありがとうございました。

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私はこのお話に、あるていど共感しています。
これは戦争だけでなく、人間関係にも当てはまると思います。
人はよくある人が自分に反感を持つと、やってはいけないと思っていても、その人物に『悪人』というレッテルを貼ってしまいいます。そして、こちらからもその人に対して反感を持つようになります。

この物語には高い理想があります。でも、残念ながら私たち人間のような罪深い体質の持ち主には届かない目標でしょう。皆それぞれ強く信じている『平和』が統一していないからです。だからドイツでも、ロシアでも、中国でも、彼らの理想にもとずいた革命を起こしたとしても、平和が続くことはありませんでした。最終的には違う考えを持った市民たちを『平和のため』といい片っ端から排除した後、「多少の犠牲はひつようだ」などと理由を付けその行動は正しいと言い張ります。

「平和とは何か」、「誰が本当の悪人か」、その答えを探すことは本当に重要なのでしょうか。私は今世界に最も必要なのは真のゆるしと愛だと信じます。私はそれは主、イエスキリスト、しかから授かることのできない物だと信じています。真の愛と慈しみは彼からしか教わることができません。でも私でも実際に行動に移すのは難しいです。親友のことさえも妬むことがあるのに自分の親の敵を愛せますか、ゆるせますか。
これは人類が滅びるまで一生の難題でしょう。

  1. 2009/10/03(土) 22:49:21|
  2. 感想文:絵本「優しい巨人」|
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