ありがとうと感謝の気持を平和の絵本から。

2010年10月:「平和の絵本」から、ありがとう

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「平和の絵本」への応援、ありがとうございます。直接、御礼を言えないことも多いのですが、この場を借りて感謝の言葉を述べさせて下さい。またこのブログでは応援してくださる皆様の声も御紹介したいと存じます。

長根兆半様 -正しいことって何?


長根兆半様から、新作絵本「正しいことって何?」へ以下の通り、ご感想・メッセージをいただきました。長根様には、いままで何回もご感想をいただいています。
長根兆半様、いつもありがとうございます。


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絵本「正しいことって、何?」を読んで・・・・・。
正しい事・・・あるいは善、そして愛と同時に憎み。
私は思う、ここに境界線はないという事を。

善・悪、憎・愛・・・善と悪にも、憎しみと愛にも、境界線はないと思う。
では何によってそれが分るか、それは「勇気」だと思う。
誰かが何かを話した。
聞いた側に、「勇気」が湧かなければ、その話は、悪であり憎しみになる。
しかし、もし聞いた側に勇気が湧けば、それは善であり愛だと思う。

戦中、人は死ぬ事を、殺す事を余儀なくされた。
それを拒めば、非国民として生きて行くことが許されない時代だったようだ。
だから、死ぬ事に、殺す事に勇気が欲しかった。
その勇気が与えられた。これは、死ぬ事殺す事以前に、実行する人にとっては善であり、愛だった。

だが今、時代は変わった。善悪、憎悪の価値判断も変わった。
昔は、死ぬ事、殺す事が善であり、愛だった。
今は生きる事、生かす事が善であり愛になった。
どちらも、『勇気』が必要だと言う事に変わりはない。

人間の本然として、生まれた事を選べなかったと同時に、死ぬ事も選べないと思う。
選択肢のない事を敢えて選択する事に、不自然さが出る。
その典型が自殺だと思う。
自殺への勇気を与えれば、自殺者にとって、それは「善」であり「愛」になる。
しかし、生きたいという人には「悪」であり「憎」しみになる。
すると、個人が「生・死」をどのように考えているかが問題になる。
ここにもし、実は「願って生まれた」と言う証があればどうなるか。
自殺への、いかなる愛や善の勇気を与えられても、生きると言う事に対し、それは悪であり憎しみだと理解できるのではないかと思う。
願った覚えもないのに、なぜ私は人間なのか?
親子は互いに選んだ覚えもないのに、なぜこの親子が存在するのか?
理由は明確なのだが、果たして私達は、それを探索しているだろうか?
こうした根本に、今回の絵本は問題提起していると思いました。
  1. 2010/10/10(日) 14:54:13|
  2. 感想;絵本集、メッセージ・ご意見|
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かおり様 -罰と虐めと自殺のロンド


かおりさんから、絵本「罰と虐めと自殺のロンド」に関して、以下のメッセージをいただきました。
かおり様、ありがとうございます。

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この絵本の展開がおかしいし、悪意を感じます。
とても子供にみせる本ではありません。
  1. 2010/10/10(日) 14:48:51|
  2. 感想文:絵本「罰とイジメと自殺のロンド」|
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  4. コメント:0

よこ八様 -ご紹介


よこ八様が、ブログでとても大きく、「おびえる人々」をご紹介くださいました。
よこ八様、いつもありがとうございます!!

よこ八様のブログ 国連に武器税の創設を求める へ
  1. 2010/10/08(金) 10:53:13|
  2. 紹介&リンク|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0









































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