ありがとうと感謝の気持を平和の絵本から。

2012年03月:「平和の絵本」から、ありがとう

TOPへ-平和の絵本から、ありがとう!

「平和の絵本」への応援、ありがとうございます。直接、御礼を言えないことも多いのですが、この場を借りて感謝の言葉を述べさせて下さい。またこのブログでは応援してくださる皆様の声も御紹介したいと存じます。

さぬきクン 様 -善悪中毒


「さぬきクン」様から、本「善悪中毒」へ、以下のご感想をいただきました。「さぬきクン」様からは、絵本「沈黙の声」のご感想も頂いています。
「さぬきクン」様、いつもありがとうございます! とても丁寧に読んでいただき、ありがとうございます。


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善悪中毒、あの本は一回読んだらハイおしまい。な本じゃないな。というのが僕の読後の感想です。
自分が他者やあらゆる物事、そしてこれも凄く大事だと思ってるんですが何より自分自身を善悪で裁かなくなって初めてこの本はもう閉じていい。て思ってます。
今んとこ他人も自分も裁きまくりですんで(苦笑)
毎日毎日、です。
正直疲れます
理屈的に善悪中毒をなんとなくわかる、てのじゃなく自分が善悪から離れることができて初めて、この本とサヨナラだな。て思います。
聖書編読んだらまた善悪中毒を最初から読んでみるつもりです。
で聖書編も一回だけでなく繰り返し読むような内容なんだろうなて思ってます。
善悪がいかに自然な感情の発露を妨げるか。
原爆の絵本を久しぶりに読んでそれがよくわかりました。
侵略を繰り返してきた側の種が自分たちの過ちや他者への同情、思いやりを抑圧し続け、
それらを自分自身でちゃんと受け止めるのに何世代も何世代もかかってやっとこさ、
自分たちを解放できた。
やってしまったことが事実として精神的な負担が重ければ重いほど、
認めるのに、
ごめんなさい。と心からの謝罪を口にするのに、
時間がかかってしまうんだな。と思いました。
善悪で物事を捉えている間はずっと、
行為を行った側は事実を認めることも謝罪もできないし、
行為を受けた側も相手を善悪で捉えている限り、
真に心から許すこともきっとできないんだろうな。と思います。
謝罪する側も謝罪を受ける側も双方が善悪から解放された状態で初めて、
許され、許すことができるんだろうな。と思います。
口でいうのは(理屈として理解するのは)簡単ですが、
例えば原爆や戦争といった規模が大きいものではなく殺人事件。
自分が殺人をしてしまった。
或いは自分の大切な人が殺されてしまった。
そういう場合、
謝ることも。
許すことも。
物凄く難しいんだろうなぁと感じています。
  1. 2012/03/30(金) 23:49:07|
  2. 感想文:善悪中毒|
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愛梨様 -罰とイジメと自殺のロンド


愛梨さんから、絵本「罰とイジメと自殺のロンド」へ以下のご感想をいただきました。愛梨様、ありがとうございました!


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首吊りをした子はわるいんじゃないかな?
(また、叱られるから)独りで遊ぶっておかしい!
叱られるから、皆で遊ぶんじゃないの?

ただ、勝手に死んだだけじゃない!?
苛めとも思えない!

首吊りした子は弱虫だわ!
  1. 2012/03/25(日) 22:36:10|
  2. 感想文:絵本「罰とイジメと自殺のロンド」|
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百姓さん -一緒に行くよ


MIXIで、ハンドルネーム「百姓さん」様が、絵本「一緒に行くよ」をご紹介してくださったのですが、とても興味深いお話を書かれていらっしゃいますので、全文、引用いたします。
「百姓さん」様、ご紹介、ありがとうございました。


---MIXI百姓さんの日記--------

久々に涙線が緩んだ・・・自分を許せない苦しみは、自分を偽る
事よりも苦しい。人の生と死、心の本質を抉る話だよ。心当たり
がある話だけに胸が締め付けられる話だ。僕も、そうやって心を
救われたんだから。

ついでに、一人一人に最後まで共にありつづけるものを
わかりやすくあらわしたねっと絵本をご紹介。
一緒に行くよ
http://www.j15.org/LifeDeath/Picturebook-Together/index.html
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 ネルソンさんは、ベトナム戦争から帰国後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみました。いわゆる戦争後遺症で、戦争をありありと思い出すフラッシュバックや苦痛を伴う悪夢といったかたちで、戦争の再体験をして苦しんだのです。
 戦場で目の当たりにした殺毅やあらゆる暴力、そして自らも多くの人々を殺したことが片時も頭から消えず、その惨劇が悪夢となつて毎晩のようにネルソンさんを襲いました。
 ちょっとした匂いや音でもすぐ戦闘状態に戻つてしまい、帰国後わずか一週間で家族から追い出され、ホームレスの生活を余儀なくされたのです。まさしく「生きる場」を失つた苦しみです。
 ネルソンさんは、その耐えがたい苦しみから、自殺を試みたのです。彼と同じように苦しむ帰還兵で自ら命を絶った仲間は数万人にのぼると言われています。
 その、ネルソンさんが立ち直ろうとしたきつかけは、ある一人の少女との出遇いでした。ホームレスを続ける彼が、学生時代の友人である教師に頼まれて、小学校でベトナムの体験を話すことになり、四年生の教室に立ちました。しかし、いざ子どもたちの前に立つと、ジャングルで自分がしてきたこと、見てきたことをありのままに語ることはできなかつたので、戦争一般の恐ろしさを話してその場をやり過ごしたのでした。
そんなネルソンさんに一番前にいた女の子が質問したのです。「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか」と。ネルソンさんは、そのことこそ、どうしても忘れてしまいたい、思い出したくない、消し去りたいと思つていたことなので、答えることができず、目をつぶつて下を向いてしまったのです。様々なことが頭をよぎりながら、最後に目をつぶつたまま小さな声で、しかしはつきりと「イエス」と答えたのでした。
 すると、苦しそうな彼の姿を見て、質問した女の子は彼のところまできて彼を抱きしめました。彼が驚いて目を開けると彼のおなかのあたりで目に涙をいつばいためた少女の顔がありました。「かわいそうなネルソンさん」。そう言ってまた抱きしめたのです。
 その一言を聞いたとたん、彼は頭が真っ白になり、大粒の涙が彼の目からあふれ出たのです。教室中の子どもたちが皆かけよつて彼を抱きしめました。子どもたちも先生も皆泣いていました。
 「この時、私の中で何かが溶けた」とネルソンさんは述懐しています。・・・

  1. 2012/03/25(日) 12:53:20|
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東京都の柴田章様 -寄付


東京都の柴田章様より、3,000円のご寄付を賜りました。柴田様からは以前にもご寄付をいただいています。
柴田様、いつもありがとうございます!!!
  1. 2012/03/22(木) 18:27:49|
  2. 寄付|
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wakasugi様 -常住死身


wakasugi様から、絵本「常住死身」へ、以下のご感想を賜りました。共感していただけたとのこと、大変、勇気付けられます。^^
wakasugi様、ありがとうございます!!

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常住死身、読ませていただきました。
感想、書かせてもらいます。

”死”というテーマ。
私たちの多くの人は、目をそむけている現実があります。
確かに、死ぬことは、悲しいこと、怖いこと。

その現実を、よく表してくださっている内容だなと思いました。

まるで、生きていることが当たり前のように、私たちは生きてしまっているところがある。

私たちは”死ぬ”ということは、現実的ではないかのようなビジョンを持っています。

でも、この物語にもありました、生まれてきたということは皆死んでいくということ。

それは何でもない、当たり前のただの現実です。

人の生とは、ただ早く終わるのか、遅く終わるのか、それだけですね。

そして、自分で選択し終わるのか、出来事によって終わるのか、寿命により終わるのか、それぞれの形がありますね。


私たちは臆病です。

なかなかありのままを客観視する機会の難しい、社会の中にいます。

もしかしたら、そんな世の中が、そのような精神を生み出してしまっているのかもしれません。

そんな世の中にとって、このような内容の物語はとても、私たちにとって必要なものなんじゃないかと思いました。

ありのままを受け止めるには、すこし勇気が必要かもしれない。

でも、ありのままを理解することで、今この瞬間、生かされているということ、たくさんの犠牲によって生きているということも、すこしでも理解して、自分自身の生というものをすこしでも尊いものに感じ、現実をみて、生きる事もできるのではないかとも思います。


とても、興味深い物語を作ってくださり、ありがとうございました。

たくさん共感をさせてもらえた内容でした。
  1. 2012/03/18(日) 00:54:16|
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こま様 -常住死身


こま様から、以下の通り、絵本「常住死身」へご感想をいただきました。こま様からは、これまでも、たくさんのサポートをいただいています。

こま様、いつもありがとうございます!


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拝読致しました。
究極の「断捨離」ですね。

病気への恐怖なども、病気にかかってしまったときよりも
「もしこの病気になったら大変だ...どんなに苦しいか、醜くなるか、後遺症は?寿命は?一生ベッド?治療費は...」
と、病気の情報や知識に気をもむ「プレストレス」のほうが
人間にとってよっぽど心理的負担になってたりすると聞いたことがあります。

もっとも、世間ではこういった「恐怖」を利用して経済を回している場所もあるので、事情は複雑ですね。
そうした面からも、資本主義がベストだとは全く思いません。
ただ、資本主義よりマシな社会が今の地球上にあるかと問われるとちょっと自信をもって答えられないのですが...
  1. 2012/03/18(日) 00:42:03|
  2. 感想;絵本集、メッセージ・ご意見|
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嶋田不二雄様 -常住死身


嶋田不二雄様から、以下の通り、新作絵本「常住死身」へ、ご感想をいただきました。嶋田様には何度もご紹介の労をいただいています。嶋田様、いつもありがとうございます!!

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深いですね。「生死」と共に、人間にとって本当の「自由」とは何なのかも考えさせられました。「善と悪」「生と死」まだまだ修行は続くようです(笑)。
  1. 2012/03/17(土) 20:53:57|
  2. 感想;絵本集、メッセージ・ご意見|
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米国在住のTamami Sonoda様 -寄付


米国在住のTamami Sonoda様から、本日、5,000円の寄付を賜りました。Sonoda様は、今までも平和の絵本を何回もご紹介してくださっています。

Sonoda様、ありがとうございます!!
  1. 2012/03/15(木) 19:29:02|
  2. 寄付|
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さぬきクン 様 -沈黙の声


香川県在住の、「さぬきクン」様から、新作絵本「沈黙の声」に関連して、以下の通り、長文のメッセージをいただきました。過分のお言葉、光栄です!

「さぬきクン」様、誠にありがとうございました。m(--)m


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東郷先生、はじめまして。
沈黙の声を読ませていただきました。
弱い奴と強い奴の戦い、
戦いの後には弱い奴の立場。想い。動機はかき消され強い奴の「言い分」だけが伝えられる。
あるいは負けた側に強いられる。
その言い分が真実、実際にそうだったのかは別として。
…僕は今回の東郷先生が描かれた絵本を読んで、
この話が強い弱い個と個の衝突の話ではなく、
太平洋戦争における日本とアメリカの話に映りました。

新人類の詞、というホームページがあるのですが、
そのホームページによると、
我々日本人の間でまことしやかに語られている太平洋戦争と、
実際に起こった太平洋戦争の中身はまるで違うものである。と語られています。

日本の先人たちの和の思想やアジア独立の理念はかき消され、欧米列強の帝国主義と同等かそれ以下に位置付けられている。と。

僕は東郷先生のことを、
自分がなにものであるか?をすでに思い出した人であると認識してツイッターや絵本を読ませてもらってます。
上記の新人類の詞での定義でいうところの、新人類だと。

僕が持っている本の中に、いわゆるニューエイジと呼ばれる系統の本でありますが、
神との対話というアメリカ人の著者がチャネリング形式で書いたとされているシリーズの中のとある一冊の中にこのような記述があります。


○それじゃ、地上のものごとが良い方向に向かうくらいプロセスが進行するのは、いつなんですか?

●まもなくだよ。もうじきだ。人類がその気になればね。

○人類がその気になれば、ってどういうことですか?

●人類がその選択をすれば、神についての人類の理解は急速に変化するということだ。あなたが生きているあいだにも起こりうる。三十年もたてばそうなる。最初のドミノさえ倒れたら、もっと速く変化するかもしれない。要するに、全体的な変化が起こる臨界量に達するかどうかという、問題なのだよ。

○臨界量ってどれくらいなんですか?

●あなたがたが考えているほど多くはない。臨界量は半分以上だろうと思っているひともいるが、そうではない。二十五パーセントでもないし、十パーセントでもなく、五パーセントですらないのだ。全体の二パーセントから四パーセントに達したら、影響が出はじめるよ。
お湯が沸くのを見ていてごらん。お湯が沸騰点に達するのは表面の半分が泡立つときではなく、それよりずっと前だ。臨界量の影響は指数的に増加する。だから強力なのだ。ほんのいくつかの泡が表面に沸き上がってきたな……と思っていると、あっというまにお湯は沸騰する。


…以上です。
僕は水の沸騰のメカニズムについては知識を持ち合わせていないのですが、
阿修羅という匿名掲示板にて「調和人」というハンドルネームの方が上の水の沸騰のメカニズムと似たような話をして人類の調和。進化。この先地球に起こりうる危機。などを語られていました。

この調和人という方も僕は東郷先生と同じく新人類…自分がなにものか?という忘却と体験のプロセスがすでに完了した人だと思ってます。
この方は他にも人類は地球上で発生した生命ではない。というはたから見たらとんでもない、
一見アホ丸出しな、アホ丸出しというかアホ全開な発言をされてましたが、
先ほど述べた神との対話の中でも人類は地球上で生まれた存在ではない。と語られており、
新人類の詞というホームページではより具体的に祖星というかつて火星と木星の間に存在し、惑星との衝突によって消滅してしまった星にわれわれ人類のルーツはあり、
月にはわれわれと同じルーツを持つ人類が存在していると語られています。

アメリカ発信である神との対話というシリーズのメッセージの真贋は正直僕には判断がつかないのですが、僕はこの新人類の詞というホームページの情報は大変重要視しており、
自分で情報の真偽を確認することはできないのですが一見とんでもないただのキチガイじみた内容のオンパレードでありながらも、
ここで語られていることは真実である。と認識をしております。

ここでは人類の進化の必要性、人類のルーツ、新世界秩序の脅威、地球上にこの先起こりうる危機などが語られており、
日本民族には非常に重い使命…重要な役割がある。と述べられています。

その役割とは世界への平等的な和の思想、平等的共栄共存思想と平和社会建設の役割で、
東郷先生や阿修羅で見たハンドルネーム、「調和人」さんを見ているとますます新人類の詞の内容がまことのことの様に思えてなりません。


僕はまだ幻想の中におり。錯覚の中におり。
理性の中におり、
我は肉体である。という毎日を生きています。

しかし我は身体ではなく魂であり。
すべてはひとつで、
バラバラ、あれやこれ、わたしやあなたといった分離は錯覚、幻想なのだ。ということもあくまで頭では、
理解しております。

僕はまだ幻の中に生きてますがいろいろな執着があります、
でもいつの日か自分がなにものかを思い出し、
東郷先生の絵本という形とはまた違った、
その時自分にできる自分に思いつく何かで、
日本人としての役割を全うしたいと思っております。
僕なりの和を表現したいと思っております。



東郷先生のホームページをたまたまどこかのリンク先から発見したのは今からもう一年半か二年前になるのですが、
ツイッターを見てあぁこの人はもう魂として生きてるんだな。と一目で感じました。
とくにコンタクトをとりたいとは思わず静かにこれまで観覧させてもらってました。
しかし今日沈黙の声を読んでこの話が個と個の話ではなく太平洋戦争のアメリカと日本の話に映って、
かき消された日本の先人たちのこととかをうまく言葉にはできないんですが何かしら思うというか感じたもんで衝動的に〓で東郷先生に喋りかけたくなりました。



写真なんですが、善悪中毒、本屋さんでもうかなり前ですが注文しました。
せっかく買ったのはいいですが買ってから一年は軽くたってるにも関わらずまだ最初の方までしか読んでいません(苦笑)
そのうちちゃんと最後まで読みますんで。
最後まで読んだら千円のなんか電子ファイルみたいなの?、
聖書に関する話みたいなの、
あれも読みたいのでまたいつか購入するつもりです。


ちょっと失礼なこと言いますが初めて東郷先生の絵本を読んだとき、
あの、
内容の前にまず絵の下手さにびっくりしました(笑)
なんじゃこりゃぁーー?!ですよ。
こんな絵でよくネット上にあげて人様に見せれるわ。て今度は内容を追っていったら次次に絵本をクリックしとる自分がいました。
絵なんかどうでもええわ。て自分になってました。
これは絵の出来なんか無視してでも人に見せんと!てさっきと180度違うこと言ってる自分がいました。
絵の上手い人が東郷先生の作品を何作品か描いていますが、
もう今となっては東郷先生の絵じゃないと見る気が起きないてなってます。
味が出てくるんですよ慣れると。
下手さが逆に武器になってるんですよ僕の中で。

…初対面で下手下手言ってすみません(笑)、
これからもツイッターや絵本を読ませてもらいます。
だいぶ一方的な〓送ってしまってすみません、
返信とかはとくに求めておりませんので。
長い長い呟きみたいなもんで、
沈黙の声を読んで東郷先生に急に話しかけたくなっただけです。
それではこれで失礼します
  1. 2012/03/07(水) 19:55:37|
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長根兆半様 -沈黙の声


長根兆半様から、絵本「沈黙の声」へ、早速、ご感想をいただきました。長根様、いつもありがとうございます!


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絵本「沈黙の声」を読んで・・・
作者は。『生と死の絵本集の、これが4作品目となります。強者と弱者の戦い、慰霊について描いています。一応、独立した作品ですが、先に発表した、絵本「負ける喧嘩」の続きといった位置づけも意識しています。』・・・
・・・と言っている。
確かに現実社会の底辺には、常に生と死があるわけだが、2作品の絵本を見る限り、むしろ社会機構的な意味合いを強く感じた。
まるで世界史を早送りで見た気もした。
原始時代の単純な暴力の強弱。
やがて権力的強弱。男女間における強弱。
目には目を歯には歯をの武力的強弱・・・などなど。

奴隷的な弱者が、開放を求めた時から、既に弱者ではなく勇者になるのではないかと思う。赤子の手を捻る、と言う言葉が有るが、赤子は泣く以外何も出来ない。それを知って捻る強者の心理は、絵本の中で語られている。
だが、弱者に見える者が、果たして、体力や武器で劣ることを知りながら強者に挑むだろうか?
もし挑んだとすれば、単なる無謀でしかない。
悪魔のような緻密さと、天使のような大胆さで、智謀を使えばよい。

さて、世間と言う差別社会の中で、相対的な弱者と言われる人の中に、被害妄想的に弱者を誇張し、大きな声を上げる人が居る。
果たしてこれは弱者だろうか?
貧乏長屋でも喜怒哀楽を持って、シタタカに生きているのは、弱者だろうか?
私から見て、本当の弱者は、自殺する人ではないかと思う。

  1. 2012/03/06(火) 11:53:56|
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東京都の岡部あや様 ー寄付


東京都の岡部あや様から、本日5,000円の寄付を賜りました。岡部様からは、何回も平和の絵本のご紹介をいただいています。
岡部様、誠にありがとうございました。これからも、平和の絵本をよろしくお願い致します。m(--)m
  1. 2012/03/06(火) 11:17:08|
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