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小さな楽しみヒトカケラ様:「平和の絵本」から、ありがとう

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「平和の絵本」への応援、ありがとうございます。直接、御礼を言えないことも多いのですが、この場を借りて感謝の言葉を述べさせて下さい。またこのブログでは応援してくださる皆様の声も御紹介したいと存じます。

小さな楽しみヒトカケラ様


小さな楽しみヒトカケラというブログで、善悪中毒の心理学の頁をご紹介くださいました。とても興味深い記事なので、長くなりますが、引用しますね。

小さな楽しみヒトカケラ様、ありがとうございました。

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主観的裁判のあふれる世界

当時大学の講義で「善悪の転倒(てんどう)・・・・」(倒の字は違うもの)という言葉を見て衝撃を受けたことがありました。

善としていることが悪 悪としていることが善

というわけではなく、

人の持つ善、悪という「ものさし」がひっくり返ってしまっている
といった感じでしょうか。


断言はできませんが、少なくとも、自の育ち、思想、感性、立場などを正義として受け入れられないモノや、許せないモノ、脅かしてくるモノは"裁く"という主観的な行動があふれかえっています。

特にインターネット掲示板やオンラインゲーム、その他顔の見えない世界(メールなど)では噂や想像だけで全てが判断されるがゆえに誤認識による"裁き"が溢れかえっています。

"主観裁判中毒"が街中に飛び出せば、秋葉原での事件のような悲劇が生み出され、本人も他人も、多くが哀しみと苦しみに包まれるだけの"無意味な歴史"を産み出すだけなのではないでしょうか。

こういった人間の根源にある問題というのは答えもなければ、膨大な時間と環境を要します。

多くの人は人生の中でふとこういったことに気づく瞬間があると思います。しかし、答えなきモノは考えるだけ意味のないことであるかのように、消し去ってしまうケースがほとんどです。人間は問いに対して答えを必要としますし、答えがすべてであるような教育をうけがちです。
しかしながら、本当はこたえが必要なのではなく、「自分に対する問いかけ」が大事であり、答えを立ち上げることはまた「てんどう」になってしまうのである。

他人のことを理解することなんて数%もできません。だから人は自分を基準として話す手段をとらざるを得ない面がありますが、そこに常に疑問を持ちながら、正悪や優劣を付けずに物事を見れるようになっていけばきっとお互いに歪みあったり、傷つけることが減っていくのではないでしょうか。

長々と書いていますので読みにくくまた、理解しがたいことも多いと思います。少しこういうことに興味のある方はここを読んで、どう思うか考えてみてはいかがでしょう。http://www.j15.org/GoodEvil/index.html


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  1. 2008/09/10(水) 23:54:01|
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