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penguin(いつかどこかで)様 -ご紹介(善悪の境界線):「平和の絵本」から、ありがとう

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「平和の絵本」への応援、ありがとうございます。直接、御礼を言えないことも多いのですが、この場を借りて感謝の言葉を述べさせて下さい。またこのブログでは応援してくださる皆様の声も御紹介したいと存じます。

penguin(いつかどこかで)様 -ご紹介(善悪の境界線)


いつかどこかで、というブログで、私どものwebをご紹介くださいました。
「自分は悪い子」と信じて育ったという内容の記事の中で、ご紹介いただいたのですが、とても興味深く、拝見しました。

記事の内容、とても面白かったので、少し長くなりますが、以下、引用させていただきます。(もし問題があったら、おっしゃってくださいね>penguin様)

penguin様、ありがとうございました。m(--)m


-------引用------------

善悪の境界線 : 被害者意識

あるHOMEPAGEの記事を読んで、今日は考えさせられました。


そうですね、私達は知らず知らずのうちに、洗脳されています。
親、兄弟、姉妹、学校の教師達によって、社会秩序という名のもとに。

小さい頃から、私達は善悪に付いて学んでいます。
こうすれば悪い事、こうすれば良いこと、というように。


でもそれは、それぞれの家庭によっても違いがあり、境界線はとてもあいまいです。

それでも、私達がこの社会の中で生きていく為には、多少、善悪のマニュアルがなければ
戸惑ってしまいます。


私事ですが、子供時代、私は一番上の姉に「お前は悪い子だ」と言われながら育ちました。

その結果(笑)、そうですね、自分は悪い子なんだって信じて大きくなりましたね。
なぜかというと、小さな子供には、その様な事は実は根拠の無いことだと、理解できないんですね。
また、姉妹間では、一番上の姉は絶対なんです。尊敬されてると言った方が良いでしょうか、
それで下の子は、上の子の事をすごいって思っている部分があって、それゆえ悲しいかな、

信じてしまうんです。



私も例外なくずっと姉の言うことは真実に違いないって、思ってました。

今思えば、あれは姉の私に対する嫉妬だったとわかりましたが。
姉は、私が一番、両親から愛情を受けたと、勘違いして、大きくなりました(笑)。



私は青年期の頃から自分の事がずっと嫌いでした。(笑)
段々年を重ねるごとに、友人が出来、相手に感謝され、
この「お前は悪い子だ」は、どうも正しくないと、気づき始めたんですね。
でも、自分のことがどうしても好きになれなくて、
どうしてなんだろうって、随分悩みました。



それから、色々な心理学の本を読むようになってから、
ある日、発見したんです。
私は、自分でこの「お前は悪い子だ」っていうのを、繰り返し、繰り返し、
大人になってからも自分自身に、言い続けていたんです。



大人の目で自分自身を見て、「私は悪い人間ではない」と、判っても、
もうその時点で、私は既に洗脳されていたので、
その新しい発見を脳は受付けないのです。



このように、私達には、この善悪のマニュアルも、既に脳に記憶されています。
そして、善悪の境界線は、もちろん個々で、随分違います。
毎日私達はそれを使って、お互いを判断し、時には決め付け、
この人は、悪い人グループ、あの人は良い人グループと、
無意識に振り分けているのです。



ですが実際考えれば、考えるほど、矛盾しています。
何故なら、私達は誰もが、良い面と悪い面、両方持っていますから。

確かに、犯罪を犯した人の中には、理解できないくらい残酷な仕打ちを、
相手にしている人はたくさんいます。




ですが彼らは、悪魔なのでしょうか?
良いところはぜんぜん無い悪魔なのでしょうか?



話を私事に戻しますが、子供の頃「お前は悪い子だ」と言い続けたその姉は、
いつも被害者でした。というか、被害者になるのが好きです。
いつも悪いのは誰か他の人で、自分は絶対悪くないと思っています。



すべての事柄が、他人のせいと言うのは、あまりにも、現実離れした考え方ですが、
結局、責任逃れしたいのでしょう。


変ですよね、「お前は悪い子だ」って言い続けた姉はどう見たって、加害者で、
その事にずっと悩み、苦しんできた私が、被害者なのに。



私の周りには、こういう人が何人かいます。
本当は加害者なのに(相手を苦しめている)、自分は被害者だって周りに、ふれまわっている人。



私には、誰が加害者で、誰が被害者かっていうのには、興味ありません。
何故なら、その人達がどんな事を言おうが、真実は結局一つしかないって事です。

最初は騙せても、人を長い間、騙し続けることは出来ないからです。
いつかはぼろが出るものです。



元主人がもしかしたら、自己愛障害者かもしれないと、思い始めた時、
色々な思いが私の脳裏を駆け巡りました。



あー良かった、私が悪かったんじゃないんだ。私のせいじゃないんだ。
という思いと、

物事には二通りの見方があるんだ、彼を選んだのだって、自分じゃないか。
自分で彼を選んで、幸せに思ったときもあったはずだ、彼だけを悪者にするのは、ずるいぞ。
じゃあ彼はあなたに対して、一度も良い事をしなかったのか?
という思いです。



最初の思いにかられたとき、彼に対する怒りが湧いてきました。
後の思いのときは、反省の念が湧いてきました。
このようにどちらを選ぶかによって、出てくる感情も変わってくるのです。



一番目の思いにふけることも出来ました。
楽な私がいます。でも心の奥で、何かが違うと言っています。

自分には責任がまったく無いと言い切れない自分がいます。


責任逃れし続ける姉を見てきて、その結果何が起るか解かっているからです。




責任は自分のした事への責任です。
相手のしたことに私は責任がありません。

私達が物事を選んで行動したとき、私達はその取った行動に責任を持たなくてはなりません。



自分の行動に責任を持つ事で、将来その行動を変えていくことが出来ます。
でも、もしその行動の責任が他人にあるとしたら、
将来、私達はまた同じ状態に、陥る危険性があります。


被害者として、悲しみ続けることも出来ました。
でも、それは、結局この善悪と同じことです。
見方によっては、私も加害者になりうるのです。
ですから、私は自分が被害者になる事を選びません。



結局どちらでもいいのです。

私にとって、今大事なのは、同じ過ちを繰り返さないこと。
それだけです。
そして、いつか、本当の意味での幸せを感じることが出来たら、
それで充分、自分を褒めてあげたいと思います。



あるHOMEPAGEの記事とは下記のことです。



その題名は、解説 「僕らは特別」:被害者意識から生まれた錯覚の罠とは?

物事を両側面から見た、良い例ですね。
なかなか私達はこうした見方が出来なく、一方に偏りがちです。
この方はそれを痛いぐらい突いている方です。(笑)



http://www.j15.org/Picturebook-SpecialPeople/index.html



漫画を使って判りやすく書いています。
そこではいろいろな事に付いて書いてあります、
とても参考になります。
多くの方に読んで頂ければ、戦争もなくなると思います。
皆さんにお勧めです。読んでみてください。



あとがきの部分を載せておきます。
興味のある方は、ぜひ読んでみてください。



「 あとがき
固定化した被害者意識なり選民意識から生まれた錯覚は、
容易に人と人との信頼関係を損ね、
人間関係をゆがませます。そして、様々な悲劇が生じます。

この絵本は、そうした悲劇を地球上から無くすことを目的に執筆したものです。
もしあなたがこの絵本に共感されたなら、出来るだけ多くの方に読ませてあげていただければと思います。

www.j15.org



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