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式神冷水 様 -愛を命令しないで:「平和の絵本」から、ありがとう

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「平和の絵本」への応援、ありがとうございます。直接、御礼を言えないことも多いのですが、この場を借りて感謝の言葉を述べさせて下さい。またこのブログでは応援してくださる皆様の声も御紹介したいと存じます。

式神冷水 様 -愛を命令しないで


式神冷水様から、オムニバス絵本「愛を命令しないで」に関して、以下の通り、鋭いご意見をいただきました。
式神冷水さんには、今までにも何回かご意見・ご感想をいただいています。

式神冷水様、いつもありがとうございます!

----------------------------------------------------
確かに命令からは愛は生まれないとは思います。
しかし、子供は愛されなくては生きられないわけで、
自分の理想でなければ愛せないなら産むべきでないのでは?

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  1. 2010/05/05(水) 08:08:26|
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  4. コメント:7
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コメント

ひょいと見ると、もう3年近くになってますね。
早いような、でもなんか遠い昔のような。。。

久しぶりに読み返したら「自発・能動」という言葉が目に留まりました。

まあ本人が自発だと思っている事が、実は刷り込みマインドコントロール(笑)だったり
このように積極的、能動的に議論したりすること自体が愛のない世界(愛を命令する世界?)
人類を今あるような状態に留めておくある種のパワーになっていたりするので難しい訳ですが

でも上記のような問題を心理学や宗教、スピリチュアル?や陰謀(笑)の分野でも
少し前からよく取り上げられ、クローズアップされたりするようになってきましたね。
  1. 2013/04/19(金) 06:14:26 |
  2. URL |
  3. かっさん #-
  4. [ 編集]

式神冷水様
ひょいと見ると、もう1年近くになりました。
早いものですね。

『・・・無感動の何が悪いのでしょうか?』
と云うお話ですが、驚きました。
無感動が善・悪と言う判断の基準ではないと言う事です。
これは個人の内面の問題で、能面のような生き方でも、本人がそれでヨシとするなら、致し方のない事です。
個人差が大きく、花に感動しても絵画には感動しないと言う人も居ます。
それを何にでも感動しろ、と言う事が無理です。
それこそ、人権無視にもなりかねない。
言葉の分からない国へ旅行すると分るのですが、口からの言葉・音声より先に思いが通じると言う事を、よく経験します。
心の躍動、とでも言えばいいかもしれません。
万物は一瞬たりとも静止はしていません。
常に変化しています。
物によってはあまりにもゆっくりで、分らないかもしれません。
種・花・実への変化や、川底の石もです。
気象、天体然りではないですか?
人の心は、1秒間に、10の75乗回変化すると言う計算もあります。
家庭の電灯を高速撮影し、スローで見ますと、点滅を確認できます。
でも、私達は気が付きません。
心の変化を、どう自覚できるかです。
それが他人に伝わります。
これを雰囲気とも言うようです。
式神冷水様は、どのような雰囲気の中が好きですか?
時として、鈍重な雰囲気と言うのは、好むと好まざるに関わらず、醸し出される事があります。
又、悲痛な時に、必ずしも涙が流れるとは限りません。
喜怒哀楽に、即した表現が必ずしも的確に伝わるとは限りません。
感動の「感」とは心で「動」は表現です。
総じて、個の人間性と言い換えることは出来ないでしょうか?
何に感動するか、それは外部要因が有ります。
心のアンテナが弱小では、外部要因を少ししか感知できないと思うのです。
それは個々の環境での、経験から来ると思う。
賛否是非善悪はともかく、親は子よりも経験が有ります。ここで親は子に何を語るか、です。
娼婦の子が必ずしも、娼婦やヤクザとは限りません。科学者も、小説家も居ます。

追伸・・・管理者様へ、時が経ち過ぎたかと思いますので、式神冷水様に、このコメントを連絡していただきたいと思います。

  1. 2012/01/10(火) 23:12:05 |
  2. URL |
  3. 長根兆半 #IZcoHMD6
  4. [ 編集]

遅ればせながら、コメントさせていただきます。
残念ながら、子供は親も子を選べないという、そこまでの配慮ができるという保証は有りありません。
そして、親が無くても子は育つと言っても、どのように育つかも問題ではないでしょうか?
完璧な親はいませんが、子供はもっと完璧ではありません。

私のバイト先にも、一人親からネグレクトを受けて育ったというのがいました(上司談)が、
彼女の親は兄ばかりをかわいがり、彼女自身は殆どかわいがられなかったそうです。
家出して、結婚して娘が生まれましたが、相手があまり娘をかわいがらないという理由で離婚しました。

仕事も、元ホストの男に熱を上げ、一緒に仕事を辞めてしまいました(今は付き合いはないそうですが)
現在は、市内の駆け込み寺のような所で国の援助を受けて、娘と暮らしているそうです。
しかし、娘をちゃんと育てているのかとても気になります。
どちらにせよ、本人の幸福の大きな妨げになる可能性は高いでしょう。

加藤智大にせよ、宅間守にせよ毎日親に殴られて育ったと聞きました。
犯人を「バカだ」、「悪だ」としか思えないなら、永久に進歩は無いでしょう。ましてや、「ヤクザの事務所を襲え」なんてのは、性質がヤクザと殆ど変わらないと思います。

私はその事実を聞くまでは、シナリオは元ギャルゲーのシナリオライターが描いたような内容のモノを考えていましたが、
今では加藤智大をモデルにし、それを善悪中毒を知ることで救うという内容のシナリオを優先しています。
これで社会を変えれるとは思ってはいませんが・・・

途中で脱線して申し訳ありません。

犯罪については、昔の方が多かったですよ。
http://kangaeru.s59.xrea.com/index.htm
http://pmazzarino.web.fc2.com/lesson2.html
犯罪が無ければいいかというと少し引っ掛かりますが…
そしてモラルも昔の方が高かったかというのも疑問です。

そして、無感動の何が悪いのでしょうか?
無感動というのは、感動する人が感じてないモノを感じているのかもしませんし、
「一杯のかけそば」という作品はご存知ですか?
日本中が感動したといってましたが、作り話だった上に、作者が犯罪者だったというオチでした。
私は、感動する人より、メッセンジャー黒田のような「『おしん』なんてひとつも泣けない」、「『火垂るの墓』はちっとも悲しくない」という意見を大事にしたいと思います。




  1. 2011/04/21(木) 23:52:33 |
  2. URL |
  3. 式神冷水 #-
  4. [ 編集]

長根兆半さん、こんばんは。

なんか親鸞さん、お嫌いなようですが、実はわたしも以前は大嫌いで。。。
特に「ウソも方便」とかいってるのには、「方便はウソではない!」って感じで憤慨したりして「この言い訳ヤロウ!」とか思っておりました。

その時は、違う考え方の宗教(仏教)に凝っていたからであります。

考え方が違うと、使っている言葉の定義自体も違ってたりして、全然話しが噛み合わなかったりしますね。

同じことの作用と副作用を言ってるだけの違いだったり。。。
同じことを、方や「愛」かたや「慈悲」といってるだけだったり。。。

私の言った「現実に影響を受けた理想」っていうのは、その理想が何であれ、
今までのパターン、自分や誰かが何かを言ったりやったり書き込んだり?した時(つまり過去)に点数つける感じで「ココが足りない!アソコがダメ!」みたいなアプローチの仕方だと平和じゃないなと。。。

定義するとすれば愛や慈悲っていうのも、少なくとも上記みたいなのではないなと。。。

なんというか、もっと気楽に行きたいな、って感じですかね。
  1. 2010/09/19(日) 21:46:52 |
  2. URL |
  3. かっさん #-
  4. [ 編集]

かっさんへ

かっさん様へ
『だから現実がおかしいのならば、理想の方もおかしくなるのは当然でしょうね。』・・・
・・・と、貴兄は語っていますが、なるほどと頷いてしまいました。まさに今の日本の姿かな・・・と。
しかし・・・
現実が不幸だから幸福を求めるのでしょうか。
逆に、幸福な人は不幸を求めるでしょうか。
理想や夢や希望というのは、生きている現実という条件下で言えることです。
ですからその意味では、現実と繋がっている。
だが、現実から理想への過程は全くわからない。
これが現実としての、理想だと思う。
では、何もかもが現実と密着しているかとなると、それはない。
理想というのは、本人の勝手で、他人が、現実はこうだからと言う様な事を言う必要はない。
むしろ、その理想への手伝いをしていく事が楽しいのではないかと思う。

貴兄は、他のコメントで親鸞を語っているようですが、浄土真宗系は、得てして厭世的です。
現実の中で”諦め”が先になり、理想も希望も夢も、全てを死後に、それを求める傾向があります。
現実の中では、三無主義(無気力、無感動、無責任)と言われる生活になりやすいと私は思う。
自殺が多いのも頷けます。

貴兄のコメントの中の・・・
『こだわりというか執着というか、反動というか中毒というか。。。』・・・と云う。
この文言に、三無主義を私は見ました。

出来るかどうか解らない、しかしやってみる。
オギャーと生まれて一度の人生、理想や夢に向かってやるだけやる、そして疲れて一休みという死を迎える。

  1. 2010/09/15(水) 10:37:03 |
  2. URL |
  3. 長根兆半 #IZcoHMD6
  4. [ 編集]

理想と現実。。。

絶望と希望。。。

思うにそれらは兄弟みたいなモノなんじゃないでしょうか?

言い方を変えれば、理想というのは何時の時代でも
その時々の現実の影響を多分に受けていて

つまり現実のうえに成り立ってる理想というか。。。

こだわりというか執着というか、反動というか中毒というか。。。
とにかく同じ基本から出来ている価値観なんでしょう。

だから現実がおかしいのならば、理想の方もおかしくなるのは当然でしょうね。

そしてその理想と現実の違い?により葛藤、争いが。。。

もしかして頑なに理想を追い求めるというのは、お好みでない現実の方も一緒に
いつまでも存続させる繰り返しになるのでは。。。

。。。とか、考えたりする今日この頃でした。
  1. 2010/06/18(金) 20:34:42 |
  2. URL |
  3. かっさん #-
  4. [ 編集]

絵本「愛を命令しないで」

式神冷水様
『・・・自分の理想でなければ愛せないなら産むべきでないのでは?』・・・
ここで言われている「自分の理想」とは、妊娠前に描いた子供への理想、と解釈しました。
もし誤解でしたらお許しください。
さて、この前提でコメントをさせていただきます。

親はまず、男女別への理想を抱くかと思う。
私の両親は、私を女と期待したらしいです。が、現実は男です。
これによってかどうかはともかく、私は両親から疎まれている、という感情が強くなり、早くに親元を離れ、放浪の人生だったと思います。
両親は他界しましたが、それに対する行動を取れませんでしたが、一人でボロボロ泣いていました。
世に「親はなくとも子は育つ」と云うのがあります。まさにそうだと言う気がしてならない。
しかし、十歳頃までは、親の義務を果たしていた事は間違いない。
こうした親子関係で、思うのですが、親子は互いに相手を選べないという現実があると言う事です。
子が親の言葉を理解する以前は、親は子を無条件に愛し慈しんでいたと思う。これは動物愛護に通じる事でしかない。
子が意思を持ち始めると、親の理想からは離れる可能性が大きい。親は自分の理想に引き込もうと子を誘導するが、思うようにはならない。
だからと言って、今更産まなければ、生まれなければと言っても遅い。
こうした現実を、どう、直視するか出来るか。
幼児虐待などの、多くの悲惨な社会現象が目立つ昨今ですが、享楽以上の楽しみを知らないのではないかと嘆いてしまう。
現実の生活の中には、聞く喜びや気が着く喜び、他人の為に役立つ喜びもあります。
これらは、性別・貧富に無関係です。
自発・能動だからです。
この子が将来どうなるか解らないが育てる喜び。
この喜びが、享楽の楽しみに負けている。
人間の弱さの一面かと思うが、継続性は無く、感情の振幅が大きい割りに、向上や前進の無い人生になってしまうと思う。
日本が今、見た目にしては、人格の低下を招いているのは、この所為ではないかと思い、無力ながら、海外から憂慮しています。
  1. 2010/05/13(木) 17:02:07 |
  2. URL |
  3. 長根兆半 #IZcoHMD6
  4. [ 編集]

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