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さぬきクン様 ―現実に咲いた一輪の花; 神戸・小学生連続殺傷事件の母の手記:「平和の絵本」から、ありがとう

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「平和の絵本」への応援、ありがとうございます。直接、御礼を言えないことも多いのですが、この場を借りて感謝の言葉を述べさせて下さい。またこのブログでは応援してくださる皆様の声も御紹介したいと存じます。

さぬきクン様 ―現実に咲いた一輪の花; 神戸・小学生連続殺傷事件の母の手記


香川県在住の「さぬきクン」様から、「現実に咲いた一輪の花。」というメールをいただきました。

新聞に掲載された神戸・小学生連続殺傷事件:彩花さんのお母様、京子さんの手記を読んで、絵本「一輪の花」を思い出されたということだったのです。

そのまま「一輪の花」の感想文にもなる文章でしたので、「さぬきクン」様の許可をいただき、全文を掲載いたします。

最初の青字部分では、神戸・小学生連続殺傷事件:彩花さんのお母様、京子さんの手記全文が引用されています。(新聞各紙に掲載されたものです)

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神戸・小学生連続殺傷事件:彩花さんの母・京子さん手記全文 /兵庫 毎日新聞 2013年03月23日 地方版

 ◇「大人が生きる意味見いださねば、命の価値教えられない」

 神戸市須磨区で97年に起きた小学生連続殺傷事件で亡くなった山下彩花さん(当時10歳)の母京子さん(57)が、23日の命日を前に、毎日新聞に手記を寄せた。全文は次の通り。

 今年も、竜が台小学校の前の歩道がきれいな花で彩られ、小学校の彩花桜も開花の時を今か今かと待っているようです。そんな光景を見るたびに、地域の方々をはじめ、私たち家族を支え続けてくださったたくさんの真心に感謝の思いがこみあげてきます。

 神戸連続児童殺傷事件から今年で16年が過ぎました。

 最近では、いじめや体罰、それによる子どもの自殺のニュースが後を絶ちません。年々、子どもを取り巻く環境が深刻化しているようで悲しくなります。

 子ども社会は大人社会の鏡です。一朝一夕で問題を解決することは難しいかもしれませんが、問われているのは私たち大人です。まずは大人が、「生きる意味」を見いだす生き方をしなければ、子どもたちに「命の価値」を教えることはできないでしょう。

 そして、東日本大震災から2年。

 まだまだ復興が見えてこない被災地の方々と、事件のあと絶望していた自分とが重なり胸が痛みます。被災したすべての人が、一日も早く笑顔を取り戻し、安心して暮らせる日が来ることを祈らずにはいられません。

 毎年、3月が巡りくるたびに複雑な思いが交錯しますが、3月16日は、彩花が教えてくれた「命の尊さ」を社会に発信する原点の日と捉えています。また、自分自身を省みる大切な日でもあります。これからも、苦悩を抱えた誰かのために、私にできることを、私のペースで、私らしく寄り添っていくことを彩花に約束したら、遺影がほほえんでくれた気がしました。

 さて、加害男性からの手紙を3月19日に受け取りました。

 年に一度のイベントのようになってしまいましたが、手紙は、私たちと彼とをつなぐ唯一の細い糸です。今年も、読み始めから最後まで、私は涙を流し続けていました。悲しいからではなく、つらいからでもなく、怒りでもない……。なんと言ったらいいのかわからない不思議な涙でした。

まぎれもなく彼は、この社会の中で一人の人間として周りの人と関わりながら生きている、人の温かさを肌身で感じながら生きている。罪と向き合おうとして、もがきながら生きているということが、文面からも行間からも伝わってきました。自分の言葉で思いのままを表現しているように感じます。

 すでに法の手から離れている以上、彼が犯した罪を裁くのは自分自身に他なりません。たとえそれが「茨(いばら)の道」であったとしても、逃げることなく過酷な人生に挑み、いつか必ず心からの贖罪(しょくざい)をする日が来ることを願ってやみません。

2013年3月23日 山下京子

彩花の命日に寄せて


〔神戸版〕



…お久しぶりです、
さぬきクンです。
悲しみでも辛さでも怒りでもない被害者の女の子のお母さんが流した、
自分でもいったい何色なのかがわからない不思議な涙。
この記事を読んで久しぶりに一輪の花を読みました。

「あなたが悪だなんて言っていないの。相手への自然な同情の気持ちを抑えるなって言っているだけ。自分の愛を抑えて、どうするの!?」
「自分の愛だって?」
「そうよ、自分の愛よ」

…砂漠の国の市民たちが、空軍のパイロット、
未来には大統領になった彼を取り囲むシーン、
爆弾を落とした場所で彼は墓に一輪の花を手向けて黙祷しました
花が心の壁に穴を開け、
そこからイメージがなだれ込んでくる泣きながら心からの謝罪の言葉を叫んだすると彼の周りの砂漠の国の人たち皆が泣いていました。
集まった時それぞれが手にしてた彼らの敵意や憎悪の象徴である武器を地面に投げ捨て、
泣いていた。
僕は今回の記事のお母さんが流した涙は、
砂漠の国の人たちが流した涙と同じ色をした涙なのだと思っています。
大統領となった彼がスピーチで語った
「無条件の深い愛情」。
「善悪を超えたところに咲く花」。
それが、
「善悪」
「裁き」
「被害者」「加害者」といった立場を超えてお母さんの心に咲いたのだと僕は思っています。

キリストや仏陀が体験として見た花は、
愛、
錯覚をとっぱらうと現れる「ひとつ。」という現実、
は誰の心にもあるのだなと思いました。
以前、
メールのやりとりをしてて先生から出てきた言葉、


>もうひとつは、以下のことに関連して。

>> 世界を自分たちの思うがまみに支配したい彼らにとっては、
>> とてつもなく厄介なものなのだろうと思ってます。


>まあ、そうなんですけれど、僕は「世界を思うがままに支配したい彼ら」を患者
>のような感覚で見ています。

>世界を思うがままに支配しなければいけないって、これって、一種の強迫観念。
>心の病。出来る限り、なおしてあげたい。^^


…僕はなんでそんな眼差しを持てるんだろうと思いました。
どうしても「どうしようもない糞ったれ」、
なんです今の僕の捉え方では残念ながら。
「腐ったミカン」なんです。
善悪中毒ですね腐ったミカンだから彼ららをどうしても排除の方向で捉えてしまう。
彼らは彼らでゴイム家畜たちをいっぱいいっぱい殺すつもりっぽいんで、
排除と排除が合わさりあって平和は遠のくばかりです。
でも彼らにすら投げかける愛が、
僕の心の深いところにはちゃんとあるんだなと思いました。
東郷先生のように。
今回のお母さんのように。
平和って絵空事ではなく物凄く現実的な可能性なんだなぁと強く思います。
人間って、
愛って、
凄いなぁ深いなぁと。
東郷先生の「彼ら」の捉え方眼差しや、
お母さんのサカキバラ事件を起こしてしまった男性への涙。
人間って、
そういう存在なんやぁ。。て驚いてます。
一輪の花をすぐに連想してしまったので衝動的にメール作成しました。
終わりです
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  1. 2013/05/25(土) 21:49:08|
  2. 感想文:絵本「一輪の花」|
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