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匿名様 -日本独立の選択:「平和の絵本」から、ありがとう

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「平和の絵本」への応援、ありがとうございます。直接、御礼を言えないことも多いのですが、この場を借りて感謝の言葉を述べさせて下さい。またこのブログでは応援してくださる皆様の声も御紹介したいと存じます。

匿名様 -日本独立の選択


匿名の方から、絵本の論文「日本独立の選択」に関しまして、以下のメッセージをいただきました。ありがとうございます。

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twitterでたまたま流れてきたので読ませていただきました。
非常に広い視野をお持ちなのだと思います。

しかし最後の「独立の選択」をするかしないか、の項が説得力にかけているように感じました。

まずこの未来予測は「独立をしない選択をする=選択肢1周辺」と、「そもそも選択をしない」が混同しています。
"「選択をしない」という選択"は、「日本が保護国であることを決定した」ことも含まれるのでしょうか?ここを有耶無耶にすると「国民全員がまじめに議論すれば選択肢1を選ぶことはありえない。」という中立にみえて実は選択肢を誘導する暴力的な論文、ということになります。

また筆者は国民的議論が重要だという論を展開していますが、これにも疑問を覚えます。

どれかの意見に傾けてしまうとその反対意見者からもはや聞く耳を持ってもらえなくなることも、このHPはあくまで議論のたたき台になるべき場所であるということもわかります。しかしこうしてとるべき様々な方向性を並べられ、かたや他のページではすでに意見をかためているひとにもう一度広い視点を持て、といわれると、つまりは傍観者が最強なんじゃない?と思ってしまいます。これは独立をしない選択をする(米国化)、という意味ではありません。独立するしないの選択以前に、政治に参加しない方が楽だ、国民的議論なんていらない、という意味です。

筆者はこのなかからどの選択をしたのでしょうか?私はこの多大な選択肢から自分なりの選択をする方法を見出したいです。いまのままでは選択肢ばかり並べて中立の立場を貫く筆者の立場が非常に心地よく感じるがゆえに、そんな筆者が唯一主張する国民的議論を否定しかねません。

質問だらけで申し訳ありませんが、最後にもう一つ、気になったことがあります。
筆者は多数決についてどのようにお考えでしょうか?
多数決は西洋の道徳的普遍主義をもととした「民主主義」の根幹をなす部分だとおもうのですが、これはある種「数の暴力」として相手を抑えこむ手段になる得ると思います。筆者の掲げる平和のために、多数決はどのような形を取るべきなのでしょうか?
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  1. 2015/12/12(土) 23:28:07|
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